お墓のことは、磐城石材株式会社へ 奈良県の磐城駅前にある、株式会社磐城。

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お墓 先祖 たたり 五輪塔・蓮華・地蔵 戒名・彼岸・盆 お墓の買い方

お墓の引っ越し
お墓は幸せのシンボル
ポルトガル人モラエスの日本隋想記『徳島の盆踊り』には、以下のような内容がつづられています。
「ほとけさん(死者)」は、自分が生きていた土地や家族を忘れず、好物だった食べものの味や、好きだった花の香りさえも忘れることなく、(家族が)寄せてくれる やさしいおもいに感謝し、よろこんで彼らを保護する。ここから先祖崇拝が生まれる。 
日本の家族が死者を祀るのは寺院においてではない、墓地の墓のそばや家庭の祭壇においてである。・・・(死者の霊は)あらゆるものが見え、聞こえるのであり、もっともふさわしい場所、 すなわち自分がかつて住んでいた家や、納骨されている墓で尊崇(そんすう)されることを喜ぶのである。
日本人が死を前にして穏やかな諦念(ていねん)にひたっていられるのは、死者崇拝のおかげである。・・・死んで家庭の中にその場を占め続け、妻あるいは夫の、子供たちの、 孫たちの、曾孫たちの、玄孫(やしゃご)たちの、未来のすべての世代の愛情をうけ続けることは、実を言えば、死ぬことではない。 生きること、永遠に生きることなのである!」

日本ではお墓をつくるのに、大きく分けて三つの考え方があった、と私は思います。
 一、亡き人(死者)の魂を救うため。
 二、家族が栄え、幸せになるため。
 三、死者のたたりやけがれを避けるため。
大雑把(おおざっぱ)にいうと、一は仏教が日本にもたらしたもの、二は中国の儒教や風水の「先祖祭祀(さいし)」の影響をつよく受けた もの、三は『古事記』や『日本書記』など古代日本の神話にもとづく神道的な考え方、といえます。
ただ「三」について言わせていただくと、モラエスが感動したように、古来日本人は、お墓や仏壇の前で、亡き人のご冥福を祈り、 ご先祖様を供養しながら、ご先祖様とともに生活する幸せを感じてきました。
こうした習慣は、たぶん五、六千年前の縄文時代からあった、と私は思っています。だから日本人が、「たたりやけがれ」のためだけに、お墓をつくった、とはどうしても思えないのです。
確かに長い歴史の中では天災・飢饉・戦乱時に、野山に死者を棄てたかもしれません。しかし日本人は、本来、亡き人とともに暮らしました。
例えば、自分の土地にお墓をつくる「屋敷墓(やしきば)」風習が全国にたくさんあったのを見てもわかります。(今は法律で規制されています)
「お墓」には、亡き人の、あの世での幸せ願う家族一人一人の気持ちが、ギュッと凝縮されています。お墓はまぎれもなく「幸せのシンボル」 なのだ、と思います。

小畠宏充(石文化研究所・所長)日本人とお墓シリーズ「お墓は幸せのシンボル」より
お墓 先祖 たたり 五輪塔・蓮華・地蔵 戒名・彼岸・盆 お墓の買い方

お墓の引っ越し
先祖供養ってな~に
インドの仏教の死者供養は、まずお釈迦様のお骨(仏舎利・ぶっしゃり)を納めるストゥーパ(卒塔婆・そとうば)に花やお香を供え供養・礼拝して、自分の功徳(善い行いによる徳)を積みます。その功徳によって亡き父母たちのあの世での幸福(=冥福)を祈ったのです。
中国では三千年前の「殷(いん)」の時代に「先祖祭祀(さいし)」という大切な儀式がすでにありました。先祖を祭ることは、現代中国になるまで、国と家庭のとても大切な行事でした。中国仏教には、直接、先祖や亡き父母を霊廟(れいびょう)でまつる儒教の「先祖祭祀」の考えがとりいれられました。
日本では、お仏壇にご本尊さま(仏)をまつり、ご先祖様、のお位牌や浄土真宗のように法名軸をまつります。 これは儒教の「霊廟」とインド仏教のお釈迦様(仏)への供養がミックスされています。
またお墓参りをしてご先祖様を供養する習慣も、インドのストゥーパ(卒塔婆=仏舎利を納めたお墓)供養と、中国の先祖供養(祭祀)が結びついたかたちです。

お釈迦様のころにはなかった教えが、その後でてきました。人が亡くなると、次に生まれかわるまでの四十九日間は、七日ごとにあの世(冥府)の七人の王による裁判を受けて、次に生まれる世界が決まる、というのです。
そのために生前の善業と悪業を判定します。
もちろん最善の人は裁判なしに極楽へ直行できますが、極悪非道の人もまた裁判ぬきでそのまま地獄へ堕ちます。
ところが中善、中悪の人の行先は天界・人間界・阿修羅界(あしゅら)・餓鬼道(がきどう)・畜生界・地獄の六つの世界(六道)があります。この六つの世界をくり返し無限に生まれ変わることを「六道輪廻(ろくどうりんね)」といいます。
しかし極楽へ往くともう輪廻はありません。これが「解脱(げだつ)」で、輪廻からの開放です。
冥界の王たちは、さまざまな方法で生前の行いを突きつけて死者をきびしく責めますが、最後に必ず遺族による「追善(ついぜん)供養」のことをしらべます。追善供養によって、あの世(冥界)や六道のどこかへ生まれ変わって苦しむ故人を救うことができるからです。
人が無くなって、四十九日、百ケ日、一周忌、三回忌、十三回忌・・・お盆、お彼岸に行う供養が「追善供養」です。
『地蔵本願経』というお経に、「追善供養をすると、その七分の一だけが亡き人に回され、残りの七分の六は供養した本人の功徳になる」とあります。ということは、四十九日の間、七日ごと七回の追善供養をすると、ちょうど満願になり、晴れてめでたく極楽往生できる仕組みになっています。
では、お墓の「供養」はどうやるのでしょうか。密教では、お水、お花、塗香(ずこう)、飲食(おんじき)、灯明の六供養をあげます。これが基本です。
たとえば日蓮宗では「死者の冥福を祈り成仏を期す信仰のいとなみ」。「善根功徳(ぜんこんくどく)をつみ供養物などをささげる」仏事とあります。
お墓掃除のあと、お水、お花、お線香、お供物(菓子と果物)を供え、数珠をかけて合掌し「お題目」をとなえる、と「仏事供養のこころえ」(東京都西部宗事務所)にあります。そして「卒塔婆供養」をすすめます。
浄土真宗では、亡き人は阿弥陀様によってすでに浄土へ往っているので追善という考えがありません。霊も認めないので、墓誌は「法名碑」、 墓石は「南無阿弥陀仏」と刻むことをすすめ、「卒塔婆供養」をすすめません。お墓掃除や供物は日蓮宗と同じですが、合掌して「お念仏」をとなえます。
そしてお墓は「かけがえのない命を伝えて下さったご先祖に感謝しつつ、その命を精一杯輝かせて生きてくれ、というご先祖の願いを聞く場所でもあります」、と「仏事のイロハ」(本願寺)に書かれています。

小畠宏充(石文化研究所・所長)日本人とお墓シリーズ「先祖供養ってな~に」より
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お墓の引っ越し
お墓はたたらない
数年前に「お墓の電話無料相談」の相談員をを五年ほどしていて、なんども同じような質問を受けました。
「墓石の色が悪いと家族が病気になるか」「墓石に大きな斑点や傷のようなものがあるから、孫や子供が事故に遭うといわれたが、ほんとうか」「建てた日が[例えば閏年(うるうどし)・土用・仏滅で]悪い、といわれた」などなど、よくこんなにあるものだ、と感心させられました。
「そんな非科学的なことは絶対にない!」と、普段はそう思っている人でも、実際にこんな事を言われると、決して気分のよいものではありません。たいていの場合、まったく平気でいられる人はごくわずかです。
一度、あなたがお墓に入った場合を考えて下さい。
子供さんがやっとの思いで建てたお墓なら、あなたはきっと「ありがとう」って、心から感謝すると思うのですが、どうですか?
いまお墓に入っていらっしゃるご両親も、きっと同じ気持ちです。
それとも余程ひどいことでもしたのですか?亡くなった方はみなさん「ホトケ様」になっておられますから、「済まなかった」という気持ちさえあれば、すべて許して下さるんです。それがホトケ様でしょ?
「お葬式」をしたり、「お墓」を建てたりするのは、亡くなった方にホトケ様となっていただくためなのです。だから、亡くなることを「成仏した」と言うでしょ。

話はここからがもっと重要なのです。
あなたがお墓に入って一番寂しいのはどんな時ですか?また一番うれしいのはどんな時ですか?
私だったら、子供たちが家族そろって元気にお参りに来てくれるのが一番うれしいのですが、どうですか?
でもせっかくお墓を建ててくれても、だーれもお参りに来てくれなかったら、とても寂しいでしょう?だったらあなたも子供さんたちをつれてお墓参りをたくさんしてあげて下さい。
きっとご両親はよろこばれますよ。お墓はまず、ご家族で折にふれて、お参りすることが一番大切なんです。

お墓の前では、ご両親に最近の家族の出来事をできるだけたくさん報告して下さい。
亡くなった方は、何かしたくても、もう何もできないのですから、心配ですよ。
だから家族の幸せを願ってるのは、〇〇神社の神様や他人よりも、亡くなったご両親やオジイちゃん、オバアちゃんが一番なのです。

小畠宏充(石文化研究所・所長)日本人とお墓シリーズ「お墓はたたらない」より
お墓 先祖 たたり 五輪塔・蓮華・地蔵 戒名・彼岸・盆 お墓の買い方

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